2026年03月25日
たとえ迷っても、はぐれても、戻れる場所がある人は幸せです。
先日、長くお世話になっていた板金屋さんが亡くなり、
お悔やみに伺いました。
懐かしい写真を見ながら、奥様としばらくお話ができました。
「主人も私も、楽しく仕事をさせていただきました」
「あの頃は、みんな楽しかったですよね。杉村さんが一番楽しそうでした(笑)」
そんな会話のあと、奥様がぽつりと。
「主人は道具をとても大事にしていて、週に一度は油を塗っていたんです」
「その道具は、いま…?」
「作業場にはいろんな古い道具や資材があったので、まとめて廃材業者さんに持っていってもらいました」
「え…それは、もったいなかったですね」
「僕が、欲しかったです」
「本当に…ばたばたしていて、そこまで気が回らなくて。言われてみれば、そうですよね」
職人さんが大切にしてきた道具は、
親方から弟子へ、兄弟子から弟弟子へ、
親から子へ、おじいちゃんから孫へ。
そんなふうに、自然と受け継がれてきた時代がありました。
その当たり前が、少し遠くなってきているのでしょうか。
道具を受け継いだ職人さんは、それを誇りに思い、
時には自慢しながら、また大切に使っていく。
その気持ちは、仕事にもそのまま表れていく。

これまで、そんな姿を見てきました。
人は誰でも、迷うときや、はぐれそうになるときがあります。
世の中が複雑になって、それが少し早くなっているようにも感じます。
そんな時、
たとえ迷っても、はぐれても、戻れる場所がある人は幸せです。
もしかすると、
受け継いだ道具は、どこに戻ればいいかを教えてくれるのかもしれません。
道具から伝わってくる親方や、お父さんの姿が、
迷いから少し離れさせてくれることもあるのかもしれません。
職人さんが使い込んだ道具を、
これからどうつないでいくのがいいのか。つないでいけるのか。
奥様のお話から、そんなことを考えるきっかけをいただきました。

板金編で描いたこのページの軒樋とアンコウは、
亡くなった板金屋さんが残してくれたものでした。
