2026年06月14日
630万本の1
私の日課の中に、亡くなった両親への朝のあいさつがあります。
マッチを擦り、ろうそくに火をともし、二本の線香をたく。
そんな何気ない時間を続けています。
50年ほど前、ヨーロッパを旅したことがあります。

町中を走る日本車を見かけて、どこか誇らしい気持ちになったことを覚えています。
そんな旅の途中、どこの国だったかは忘れてしまいましたが、日本の「タイガーマッチ」が売られているのを見かけました。
新車とマッチ、日本の花形輸出産業の新旧まざった光景です。
マッチは1800年代のはじめにイギリスで摩擦マッチが発明され、明治初期に日本で本格的な製造が始まりました。
その後、明治後期から大正時代にかけて、日本は世界有数のマッチ輸出国だったそうです。
昭和30~50年代には、かまどや風呂焚きなど家庭の火を支える身近な存在でした。
よくノベルティーとして配られたマッチを集めていた人も多かったですね。
やがて使い捨てライターや電化製品の普及によって、マッチの需要は大きく減っていきました。
私が毎日使っているのは、中外マッチ社の小さな箱入りマッチです。
今、手元にある箱には獅子が描かれています。
現在では国内の製造メーカーもごく少数となりましたが、同社は130年以上にわたりマッチを作り続けています。
中外マッチ社さんのマッチ製造工程はYouTubeでも見ることができます。
一本のマッチができるまでに、人の手と古い機械と新しい機械が気持ちよく動いています。
トラマッチから考える「火と暮らしとものづくり」
かつて、我が家のかまどのそばには大きなマッチ箱がありました。
「トラマッチ」と呼んでいました。
箱に虎の絵が描かれたマッチで、中外燐寸社さんのHPにこれかなって思うのがありました。
まだ現役です。
「トラマッチ」
正式な商品名だったのか、それとも虎の絵からそう呼んでいたのかは分かりません。
昔のマッチ箱には動物が描かれているものが多くありました。
あの時、ヨーロッパで見たタイガーマッチも、ひょっとしたら中外燐寸社さんものだっかかもしれません。
トラは東洋を連想させます。
海外に向けて売るには、分かりやすく魅力的な商標だったのかもしれません
マッチは確かに暮らしの必需品でした。
ご飯を炊く火。
お風呂を沸かす火。
たばこに火をつける大人の姿。
一本のマッチから、一日の暮らしが始まっていた時代です。
しかし考えてみると、マッチが登場したのは約200年前のことです。
人類の長い歴史から見れば、ごく最近の出来事です。
それ以前、人は火打石や木を擦り合わせて火を起こし、囲炉裏の火種を絶やさないよう守りながら暮らしていました。
火は「持つもの」ではなく、「自然からいただくもの」だったのですね。
やがてマッチが発明され、人は誰でもどこでも簡単に火を起こせるようになりました。
そして今、私たちはボタン一つで熱を得る時代を生きています。
キッチンもお風呂も、火の姿を見せることなく私たちを温めてくれます。
便利になった一方で、
熱はどこから来るの。
エネルギーは何によって支えられているの。
それを見ることもなく、意識する機会は少なくなったように思います。
そんなことを考えているうちに、『マッチ売りの少女』を思い出しました。
ストーリーはすっかり忘れてしまっていたので、あらためて検索したり
まわりに聞いたりしてみました。
物語は大晦日の寒い夜から始まります。
少女は売れ残ったマッチを一本ずつ擦ります。
すると炎の中に、
暖かいストーブ、
ごちそうの並ぶ食卓、
美しいクリスマスツリー、
そして亡くなった祖母の姿が現れます。
翌朝、人々は凍死した少女を見つけます。
少し衝撃的な結末です。
この童話は人が生きていくために必要なもの、大事なもの、
暖かさ。 食べ物。 家族とのつながり。
がテーマの物語のように思えます。
童話が描かれた時代のヨーロッパは産業革命の時代です。
都市は発展し、人々の暮らしは便利になり始めていました。
しかしその一方で、貧富の差は大きく、多くの人が厳しい生活を送っていた時代でもあったのですね。
私たちはマッチを見ると、
火災、危険、着火道具、
そんなことを思い浮かべます。
けれどアンデルセンが生きた時代の人々にとって火は、寒さから命を守るものでした。
冬の火を起こすマッチは命をつなぐ存在だったのですね。
火の形は変わっても、人が求める温もりは変わらない。
だからマッチを知らない子どもたちや大人にも響くものがあり、
この物語は、今も読み継がれているのですね。
火打石の時代から見れば、マッチは最先端技術でした。
マッチの時代から見れば、ライターは革新的でした。
ライターの時代から見れば、電気着火は夢のようでした。
人はずっと新しい技術を受け入れて今に至ります。
最近のテクノロジーの進化と普及のスピードに驚かされます。
ただ、そのテクノロジーによって見えなくなっていく「こともの」も増えているように思います。
大切なのは、見えなくなったものは何かに気づき忘れないようすること。
そして、どこかに残って入れば、そっとつないでいくことも必要なのかもと思います。
中外マッチ社さんは、一日約630万本のマッチを製造しているそうです。
古い機械を補修しながら使い続ける人。
汗や油にまみれながら製造を支える人。
そんな人たちの手を経て、手元に届いた一本です。
今朝、擦った一本のマッチは、その630万本のうちの一本でした。

マッチ箱の横を擦って現れる小さな炎。
その炎の向こうに、
かまどのそばにあったトラマッチ、
ヨーロッパで見かけたタイガーマッチ、
『マッチ売りの少女』の灯火、
そして今もマッチを作り続ける人たちの姿が重なりました。
昔、「マッチ一本 火事のもと」と教えられました。
しかしマッチ一本は、
誰かを温める火のもとでもあることを忘れないようにしたいと思います。