2026年01月24日トピック
大井川・川会所の移築工事見学
川会所の移築工事に伴う解体工事の様子が見れる見学会(主催島田市)が開催されたので参加しました。
この建物は、なんとこれで5回目の解体移築になるのです。
そんなこともあり興味が湧いたのでした。
静岡県の真中付近を流れる大井川。江戸時代、橋もなく船で渡ることも禁止され、
徒歩で渡るしかなかったので、旅人はお金を払い川越し人足の助けを借りて大井川を渡っていました。
街道がにぎわう様になると、渡る方法や料金の管理が必要になり元禄9年、1696年に川越制度が出来、その役所のような役目を果たす川会所が建てられたのです。
最初の川会所が建築されたのは1696年ごろ、その後、1856年安政の大地震の際、火災で焼失。
この時170年前に建て替えられた川会所が元の場所に戻ります。
明治3年に川越制度が廃止され、川会所の役目を終えた後は
寺子屋、小学校、戦後の引揚者の仮住まいなどに使われながら市内を転々とします。
移築再生工事は、江戸、明治、昭和、そして今回の令和の大工さんたちが
伝統技術でつないできてくれました。
繋いできたのは、技術だけではなく素材や建物への思いです。
今回も木材だけでなく、瓦、小舞、壁土も再利用されます。
日本の伝統工法は、循環型社会のお手本ですね。
解体前の写真です。(見学会の展示から)
見学会当日の現場は、屋根と壁土が撤去された状態でした。
施工は掛川市の(株)飛鳥工務店さんです。
建築当時の墨付けが残っています。
解体移築でのありがたい情報ですね。
解体前に各部材に番つけが行われ、ここでは白色の板に通り番号が書かれていました。
その近くには、前回の移築再生の時つけられたべニア板に書かれた番つけ札がありました。
こうして次の世代の方にも、分かりやすく建て物の情報を伝えています。
外された瓦の小口には、瓦を造った人の名前(屋号)がありました。
地元、伊太の瓦屋さんでした。
木材はきっと大井川流域の山の木ですね。
解体現場を見学した後、川越人足の集合場所(待機所)とした番宿を見て回りました。
最盛期には反対側の金谷と合わせて1000人位の川越え人足がいたようです。
番所は十番宿まであって、その中の一つの宿に川越人足の絵の写真パネルがありました。
江戸時代後期にシーボルトの求めによって書かれたもののようです。
かなり危険で力も必要な仕事だったので、魔除けや護身を願ってこのような刺青を入れたようです。
なんか、引付られました。
アッという間に3時間過ぎました。
移築は50mほどの東、この後、建前の様子も見てみたいと思います。
完成は2年後です。近くには島田市博物館もあります。
是非、立ち寄ってみてください。